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昨年9月に朝日新聞出版より発刊していただきました拙著
『失われた感覚を求めて〜地方で出版社をするということ』。

いまだに書評をしていただき、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

「ケトル」(vol.22)では、寄藤文平さんがご紹介くださいました。

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「出版社をつくって何をするか」という問いに対する、
三島さんの答えのひとつが「脱記号」だった。(略)
この本は、その「脱記号」計画にまつわる物語である。
そして、その計画が、いかに失敗したかが書かれている。(略)
しかし、単なる失敗談ではない。ストーリーとしては「脱記号に失敗する」という話になっているが、
そのような形で「脱記号」に成功するのである。(略)
「脱記号」をうながしたのが、「反・脱記号」みたいな別の考え方ではなく、
細々とした日常の問題だったというところに、僕はリアリティーを感じる。


「三田文学」(2015冬季号)では、香山リカ先生が高評くださいました。

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本書を一読した私の頭に浮かんだのは、ビジネスとも出版とも無関係な何冊かの本のことだったのだ。
たとえば、アメリカの生物学者D・G・ハスケルの『ミクロの森』(築地書館)。
ハスケルは、テネシー州の原生林に通い、「曼荼羅」と名づけたわずか1屬療效呂乃きる
自然の営みを一年間にわたってつぶさに観察し続ける。


そして、その本の引用をしたあと、つづけて・・

小さな「曼荼羅」が広大な宇宙とイコールであることを知り、
同時にそれは自分の外でもあり内でもあることにこの生物学者は気づいたのだ。
つまり、森林観察は科学者としての仕事であるはずだったのが、いつの間にか自己発見、自己回復とイコールであったということだ。


そうして、この引用と拙著を結びつけて、こう述べてくださる。

「起業する若者」の一代記のようなものとしても十分、面白く読めるし、著者はそういう読み方をも決して拒んでいないと思う。(略)ただ、何といっても圧倒的に興味深いのは、表題通り「失われた感覚」を回復させようとする著者の試行錯誤の過程なのである。
さて結局、著者はその感覚回復を果たすことができたのだろうか。ここでは、二か所からの短い引用だけを記しておくので、あとは実際に本書で著者の、ときに驀進、ときに彷徨の旅をなぞりながらそきに到達する感動を味わってほしい。ひとつ目は「感覚が戻った」、もうひとつは「白くなる」。さあ、どうだろう。



寄藤さんも香山先生も、私以上に本書を代弁くださったというほかありません。
あらためて、本当にありがとうございました。
「脱記号」も「感覚回復」も、おふた方の書評を拝見して、真の意味で果たされたような気がしております。
この感謝の念はひたすら、読者の皆さんに喜んでいただける仕事をするという形で実現するしかありません。
おふた方の言葉が生きたものでありつづけるためにも。
もちろん、書評くださった方々のみならず、本書から何かを感じてくだった方々の思いを生きたものにするためにも。
読者の方々のお声も含め、拙著はもはや「私のこと」でないことを痛感しています。










 
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2015年1月24日(土)の京都新聞に出ておりました・・。

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その日はうっかり朝から新聞を読んでおらず、
自宅のご近所の方から教えていただき気づいたのでした。

「遼ちゃんのお父ちゃん、新聞に出てたな」
と、1歳と9カ月になる息子に言ってもらったそうです。
いやはや。
地元の新聞に大きく出るのは照れくさいものです。

けど、こうしてミシマ社の活動を地元の方に知っていただけるのは、
本当にありがたいかぎりです。
この記事に恥じぬ活動をつづけてまいります。

これからも一冊入魂!
どうぞよろしくお願いいたします。



 
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拙著『失われた感覚を求めて〜地方で出版社をするということ』
発刊から3カ月以上経ちましたが、今も、さまざまなところでご紹介いただいております。

今井書店さんが出されている「今っしょ!!」には、本の学校の山本さんが推してくださいました。

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「BRUTUS」(2015  1/1・15)の「読書入門。」では、
ブックキュームの渡辺さんが選書くださっております。



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こうして書店員の方々に推していただけ、とても光栄です。
テレビを初めとするメディア関係者の方々から共感の声をいただくことも多く、
それもとても嬉しいです。

長い時間をかけて、読み広まってほしいと願っています。
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朝日新聞(2014/12/28)にて、赤坂真理さんが
現代の超克』を今年の3冊の一冊に選んでくださいました。

「本当の「読む」を取り戻す」と副題をつけた本書。
「危機の時代」だからこそ生まれた豊穣の言葉の数々を、
現代に根付かせ、そしてこれからにつないでいきたいです。

ぜひ、ご一読いただければ幸いです。

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街場の戦争論』、毎日新聞(2014年12月14日付)の3面に全5段の広告を打ちました(大阪版・西部版は16日)。



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総選挙が終わり、安倍政権の存続がいったん決まりました。
このあと、いったい何が起こるか?

特定秘密保護法、集団的自衛権、そして株式会社化する国家・・・
この国でいま起こっているのは、どういうことなのか?

僕たちが今いるのは、
二つの戦争つまり「負けた先の戦争」と「これから起こる次の戦争」にはさまれた戦争間期ではないか


本書の冒頭で内田先生はこう言っています。

「想像力」を駆使することで見えてきた、日本の実体と行く末に残された微かな可能性。

これからを「ちゃんと」生きていこうと思っているすべての人たちに向けて書かれた一冊です。
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内田樹先生の『街場の戦争論』、おかげさまで、発刊三週間にして5刷となりました。
もちろん、ミシマ社創業以来、最速での増刷ペースです。
ご愛読、心より感謝しております。
しかし。
本書にかぎっては、まだまだ、の思いが強い。
というのも、争点不明の解散総選挙がおこなわれることになったり、不穏な政治状況がひとり歩きしています。

その流れを断ちきるためにも、国民ひとりひとりが、しかるべき思考力、知性というものを養う必要があります。
そのためにも、本書をどうしても読んでいただきたいのです。

一冊が国の大きな流れを変える。
そう信じています。


「東京新聞」(11月16日)掲載の著者インタビュー。

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「週刊現代」では永江朗さんが素晴らしい書評を書いてくださいました。

「次の戦争を避けるにはどうすればいいのか?」という問いを、永江さんは書評のなかで投げかけています。
そして、その解としてふたつを提示されました。
「先の戦争についてよく考えること」
「想像力を使うこと」
このふたつこそが、『街場の戦争論』に書かれていることです。

国民の必読書、ぜひともお読みいただきたいです。

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10月24日、ついに内田樹先生の『街場の戦争論』が発刊となりました。

10月26日(大阪版は27日、西部版は28日)には、朝日新聞の三面に広告を出しました。
ミシマ社初となる、半五段を使っての一本広告です。

多くはここでは申しません。
とにかく、読んでいただきたいです。何卒。

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今日の朝日新聞(朝刊2面)に、広告を出しました(大阪、名古屋版は明日、西部は7日)。




「人は本なしで生きていくことはできないーーその信念のもと、8年間「一冊入魂」をつづけてきました。
この時代に、どうしても読んでいただきたい本がこの3冊です。
読み終わったあと、世界のとらえ方、見え方が変わっている。そう信じています」

という言葉とともに。

今回の広告では、「売れてます!」や「ランキング情報」といった、定型となりつつあった、いわゆる「新聞広告的」な要素を入れていません。
一過性の「消費者」に向けての広告ではなく、「善き読者」に届けたいという思いで打ちました。
ご覧いただくとともに、この「入魂」3冊を身体化いただけましたらとても嬉しいです。
くりかえしますが、どうしても読んでいただきたい3冊です。
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中島岳志・若松英輔『現代の超克〜本当の「読む」を取り戻す』の書評が、京都新聞(9月28日付)、北日本新聞(9月21日付)などで掲載されています。

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一文抜粋いたします。

「無数の死者の思いが昇華されて一冊の書物が成立する。読むとは、そして書くとは、そうした無数の死者、あるいは無数の生者との絶え間のない対話に他ならない。(略)
2人は対話を重ねながら、柳宗悦を、ガンジーを、小林秀雄と福田恒存を、さらには「近代の超克」をめぐる1942年の悪名高き座談会を読み直す。私たちは、彼らが書いたこと、語ったことを本当に読んできたのか。」


評者である安藤礼二さんは、つづけてこう書かれています。

「たとえば「近代の超克」をめぐる座談会。そこでは、きわめて反動的かつ暴力的な意見の表明と並んで、ヨーロッパ近代の成果を果敢に取り込んだ上で近代を乗り越え、近代とは異なった道をひらいていくことが真摯に議論されていたではないか。そこで説かれた創造的なビジョンは、柳にもガンジーにも、小林にも福田にも共有されている」

こうした先人の声に耳を澄ますことからしか、現代の混迷を乗り越えることはできない。
裏を返せば、誰かがそうした声を拾うことなくして、いかなる手を打とうとも、混迷は深まるばかり。

この状況を打開すべく、中島、若松両氏が、自らの身を投じて、拾い集めてきた「コトバ」によって本書は成り立っています。

この本を「読む」という行為を通じて、「現代の超克」の第一歩は始まる。そう思っています。
それだけに、本書だけは何があっても読んでいただきたい。
そういう思いで発刊しました。

一人でも多くの方々のもとへ届きますように・・。
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平川克美さん著『「消費」をやめる〜銭湯経済のすすめ』、
発刊すぐに増刷が決定し、その後、共同通信配信の書評によって
さらなる広がりを見せております。
(「京都新聞」「神奈川新聞」2014/7/27、「高知新聞」「北國新聞」14/7/20ほか)

それもそのはず。
評者は、江弘毅さん。
『「街的」ということ〜お好み焼き屋は町の学校だ』などの著書が示すとおり、
「銭湯経済」的なるものを、いち早く提唱された方でもあります。

その江さんによる書評。冒頭は―ー。

圧巻は著者の生身のビジネス体験から発せられる数々の珠玉の言葉だ。
大学卒業後、定職に就かなかった著者は27歳の時、友人の内田樹らと翻訳会社を立ち上げる。
毎日夜中まで遮二無二働いたのは、「自分たちの存在証のため」であり、詩を書くのと同じ「表現行為」だった。


しかし、やがて著者にとって「暗黒の十年」が始まる。

会社を清算して自己破産するシナリオも浮かぶ。そんな経験で学んだことは「カネが集まってきた連中は、カネがなくなれば去っていくという単純な事実でした」。

「消費者第一世代」として育った著者が行きついた先が、「小商い」。
そこで書評自体が終わっていいはずなのだが、この評の圧巻なのはラストの一文だ。

本書が発するのは「おカネで買うことができるのは、値札のついているものだけ」という当然の事実を自分の身体が知っているかという問いだ。


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