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白川密成さんのデビュー作『ボクは坊さん。』、映画化! ちなみにミシマ社本、初の映画化であります。
(今日のYahooニュースにも出ましたね)

実は、映画化はもう5年ほど前から決まっていたのですが、ついに、公開が決定したのです。
私個人は、東京での試写会に行けずまだ観ていないのものの、自由が丘のメンバーたちが、みな「すごくよかったぁ」としみじみ言っておりました。(楽しみ!!)

原作も、おかげさまで8刷となりました。
7月からは、映画の写真を入れた帯で、再展開する予定です。
とにかく、すばらしい本なので、未読の方はぜひぜひ!
既読の方も、何度読んでも味わい深い一冊ですよね。この機会に読み直してみてはいかがでしょうか?

そして・・・

ミシマガ連載の「となりの坊さん。」がついに単行本になって、この9月の初旬くらいに発刊されるかもしれません!?

いま、「坊さん」周辺が熱い。

もろもろご期待くださいませ〜。





 
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シリーズ「コーヒーと一冊」発刊から1ヶ月が経ちました。
おかげさまで、多くの方々に「おもしろかった〜」といった声をかけていただき、
ほっと胸をなでおろしています。

これまで各紙でシリーズの紹介を中心に記事がでておりましたが、
最近は、個別の書評も増えてきました。

たとえば、「サンデー毎日」(6・28号)では、『佐藤ジュンコのひとり飯な日々』が「今週のイチオシ」に!

独特の”ゆるさ”で書かれるエッセーとイラストに、じーんとしたりクスッと笑ったり。

sundayjunko


佐藤さんの地元・仙台の河北新報では、イベントの紹介とともに。
☆7月3日(金)、いがらしみきおさんとトークイベントがあります!

kahoku

『透明の棋士』は、「サンデー毎日」(7・5号)で、うめのたかしさんが素晴らしい書評を書いてくださいました。
最初と最後を引用させていただくと・・・

コーヒーを飲みながら、この本を読んでいる。著者同様、特に将棋に興味はなく、これからもないだろうと思っていた将棋が、興味ある対象として今、浮かび上がっている。・・・
熱く、茶色く澄んだコーヒーを飲みながら、棋士たちの強さと清さを、そしてそんな彼らに魅了された著者の、心の震えを思った


sundaykishi

これからも紹介がつづきそうで、楽しみです!





 
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コーヒーと一冊」、地元の京都新聞でも紹介されました。
(写真を掲載しようと思ったのですが、何度やっても反転するので、諦めました)


*京都新聞/2015年6月16日(火)号/文化面

嬉しかったのは、各本についてしっかりと紹介いただけたことです。
すこし長くなりますが、引用いたします。

編集者松樟太郎さんの「声に出して読みづらいロシア人」は、既存のジャンルには収まらない作品だ。
「やたらと長く、どことなく滑稽」と、名前の響き、語感を選考基準にロシアの著名人をいじり倒す。
ショスタコーヴィチ(作曲家)は「ヒョットコとスットコドッコイが合体したような響き」で、
作家ソルジェニーツィンは「ロシアで一番かっこいい名前」。
食をテーマにしたコミックエッセー「佐藤ジュンコのひとり飯な日々」は、
仙台在住のイラストレーター佐藤さんが日々の食事、旅先で出会った料理をほのぼのとしたイラストで伝える。
将棋観戦記者の北野新太さんのノンフィクション「透明の棋士」は、対局の中身はもちろん前後の人間ドラマを読ませる。

 
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おかげさまで、新シリーズ「コーヒーと一冊」、各紙で紹介いただいております。
東京・中日新聞を皮切りに、朝日新聞、産経新聞でも紹介されました。

どの紙面にも共通するのは、買い切りという卸し方法について言及されている点です。
緑色で引用いたします。


*東京新聞・中日新聞(本紙・電子版両方)/5月28日(木)夕刊/文化面

tokyocoffee

「買い切り制は本を出版社に返品できない仕組み。・・・
書店の利益を四割にする。・・ミシマ社側の利益はその分低くなるが、
「書店がなくなってしまえば出版社はどうにもならなくなる」という思いを込めた。



*朝日新聞(本紙・電子版両方)/67()/読書面「本の舞台裏」

asahicoffee

「本屋さんの経営難の背景には、現場の努力では片付けられない構造的な問題がある。
版元としてできることを考えました」



産経新聞201568()/文化面

sankeicoffee

「人口増の時代は薄利多売でよかったが、そのモデルはすでに崩壊している。
買い切り制を取れば、出版社側も本を仕入れてもらえないリスクは高まるが、
本来それが商売として健全な関係。要は、それでも仕入れたいと思う本を作ればいい」
と、意気込みを語る。

 

京都新聞(2015/5/18)に、
内田樹先生の『街場の戦争論』が紹介されました(共同通信配信)。

「同書で内田さんは、「先の戦争」と「次の戦争」で宙づりになっているのが今の日本だと持論を展開。大日本帝国が敗戦を経てどのように主権を失い、米国の属国と化したのかを検証し、長らく断絶している戦前と戦後を「架橋」することで展望が開けると説く」


UCHIDA

冒頭に、私の言葉も掲載されておりますが、各社、『戦争論』を手がけた編集者たちの顔色は、いちように冴えないようです。
「それだけ状況が切羽詰まっている」
「拙速に軍事化を進める政権への不信もあるのではないか」
こうした心配が背景として現実にあるのでしょう。

ただ、闇雲に不安になっていても、不安の連鎖を招くだけです。
なぜ、こうなってしまったのか。
そのことを知ることから始めるしかありません。
そのためには、『街場の戦争論』や『永続敗戦論』『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』などは、ぜひとも読んでおくべきと思います。ほんとうに。






 
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asahikoukoku


朝日新聞に広告出ました!
3面内側に掲載(5月5日。西部・北海道は6日)

発刊すぐに増刷となった、益田ミリさんの『そう書いてあった』。
2月の発刊以来、各紙誌での紹介が止まらない井川直子さんの『シェフを「つづける」ということ』。

多くの方々へ、心からオススメしたい二冊です。

 
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シェフを「つづける」ということ』、ぞくぞくと各紙誌で書評いただいております。

「日経新聞」(4月12日)で短評いただいたのに続き、共同通信配信の書評が各紙で掲載されています。

4/12(日):岩手日報、河北新報、山形新聞、新潟日報、北日本新聞、信濃毎日新聞、山梨日日新聞、山陰中央新報、愛媛新聞、徳島新聞、長崎新聞、宮崎日日新聞、南日本新聞、琉球新報
4/11(土):沖縄タイムス
4/5(日):北國新聞、山陽新聞
4/4(土):福島民友

評者は『こんにゃく屋漂流記』などの力作ノンフィクションを書かれている星野博美さんです。

chefkyodo
(「北日本新聞」掲載)

最後のところを引用させていただきます。


本書の魅力は、もがきながら仕事をつづける著者が、
彼らの話を自分の人生と置き換えながら咀嚼していく、その距離感にある。
「『つづける』ということ。彼らからもらった言葉をもって、私も歩いてみようと思う」。
彼らの生きざまに勇気づけられた著者の言葉に読者も触発されるという、
幸福な還流が起きる爽やかな作品である。


星野さん、ありがとうございました!
 
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本年2月下旬に、井川直子著『シェフを「つづける」ということ』を発刊いたしました。
おかげさまで、多くの方々にご愛読いただき、すぐに増刷となりました。
先日は、SANKEI EXPRESSで、幅允孝さんが書評を書いてくださいました。
一部引用させていただきます。



この本はレストランや生産者など「食」にまつわるライティングをしている井川直子が15人のシェフを取材したもの。しかも、10年以上前にイタリアで取材した日本人コック15人の現在を描くという、長期熟成型のノンフィクションだ。
(略)
当然のことながら、皆が成功してスターシェフになっているわけではない。だが、読者にとってまったく知らない料理人の歩み、彼らの挫折や苦悩やささやかな悦びが、読み手の心と胃袋に響いてくるのだからたまらない。

10年前に取材したシェフたちに、当時の井川が尋ねた「10年後」の夢。その想像通りに進んでいる者はほとんどいない。だが、それでいいじゃないか。それがいいじゃないか。料理の悩みだけでなく、経営難や健康の問題など、次々とやってくる想定外のできごとにシェフたちは何とか耐え忍ぶ。そして、つねに足りない自身を痛感しつつ、彼らは自分なりの料理を求め「つづける」のだ。

 「求める者に、道は拓ける」。あとがきで井川が記したこの一言は、まさにシェフたちの道程を照らすものだ。そして、グランメゾンだろうが、ささやかな小さな店だろうが、「つづける」覚悟を持った者たちの物語はすがすがしい。


このあと、幅さん自身、ブックディレクターとして歩んできた10年と本書が重ねってきた、という記述がつづきます。
それが、また泣かせる・・・。ぜひ、こちらをお読みください。

ともあれ、私も来年の10月でミシマ社を「つづけ」て10年になります。
ということは、このブログを開始して10年が経つわけです。

継続は力なり。

とはよく言われることですが、本ブログに関してはすこし自信がありません。
現に、先月の更新は0、でした(反省・・・)。
これでは、つづけてきたと胸を張って言えません。

よって、ここに宣言します。

ブログ「つづける」宣言!


勢いよく宣言をするときって、「あかん」時だということを重々、承知のうえで。
あらためて、どうぞよろしくお願いいたします。ぼちぼち更新していくので、見ていただけますと嬉しいです。
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昨年9月に朝日新聞出版より発刊していただきました拙著
『失われた感覚を求めて〜地方で出版社をするということ』。

いまだに書評をしていただき、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

「ケトル」(vol.22)では、寄藤文平さんがご紹介くださいました。

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「出版社をつくって何をするか」という問いに対する、
三島さんの答えのひとつが「脱記号」だった。(略)
この本は、その「脱記号」計画にまつわる物語である。
そして、その計画が、いかに失敗したかが書かれている。(略)
しかし、単なる失敗談ではない。ストーリーとしては「脱記号に失敗する」という話になっているが、
そのような形で「脱記号」に成功するのである。(略)
「脱記号」をうながしたのが、「反・脱記号」みたいな別の考え方ではなく、
細々とした日常の問題だったというところに、僕はリアリティーを感じる。


「三田文学」(2015冬季号)では、香山リカ先生が高評くださいました。

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本書を一読した私の頭に浮かんだのは、ビジネスとも出版とも無関係な何冊かの本のことだったのだ。
たとえば、アメリカの生物学者D・G・ハスケルの『ミクロの森』(築地書館)。
ハスケルは、テネシー州の原生林に通い、「曼荼羅」と名づけたわずか1屬療效呂乃きる
自然の営みを一年間にわたってつぶさに観察し続ける。


そして、その本の引用をしたあと、つづけて・・

小さな「曼荼羅」が広大な宇宙とイコールであることを知り、
同時にそれは自分の外でもあり内でもあることにこの生物学者は気づいたのだ。
つまり、森林観察は科学者としての仕事であるはずだったのが、いつの間にか自己発見、自己回復とイコールであったということだ。


そうして、この引用と拙著を結びつけて、こう述べてくださる。

「起業する若者」の一代記のようなものとしても十分、面白く読めるし、著者はそういう読み方をも決して拒んでいないと思う。(略)ただ、何といっても圧倒的に興味深いのは、表題通り「失われた感覚」を回復させようとする著者の試行錯誤の過程なのである。
さて結局、著者はその感覚回復を果たすことができたのだろうか。ここでは、二か所からの短い引用だけを記しておくので、あとは実際に本書で著者の、ときに驀進、ときに彷徨の旅をなぞりながらそきに到達する感動を味わってほしい。ひとつ目は「感覚が戻った」、もうひとつは「白くなる」。さあ、どうだろう。



寄藤さんも香山先生も、私以上に本書を代弁くださったというほかありません。
あらためて、本当にありがとうございました。
「脱記号」も「感覚回復」も、おふた方の書評を拝見して、真の意味で果たされたような気がしております。
この感謝の念はひたすら、読者の皆さんに喜んでいただける仕事をするという形で実現するしかありません。
おふた方の言葉が生きたものでありつづけるためにも。
もちろん、書評くださった方々のみならず、本書から何かを感じてくだった方々の思いを生きたものにするためにも。
読者の方々のお声も含め、拙著はもはや「私のこと」でないことを痛感しています。










 
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2015年1月24日(土)の京都新聞に出ておりました・・。

kyotoshinbun

その日はうっかり朝から新聞を読んでおらず、
自宅のご近所の方から教えていただき気づいたのでした。

「遼ちゃんのお父ちゃん、新聞に出てたな」
と、1歳と9カ月になる息子に言ってもらったそうです。
いやはや。
地元の新聞に大きく出るのは照れくさいものです。

けど、こうしてミシマ社の活動を地元の方に知っていただけるのは、
本当にありがたいかぎりです。
この記事に恥じぬ活動をつづけてまいります。

これからも一冊入魂!
どうぞよろしくお願いいたします。