JUGEMテーマ:読書


後藤正文さんの『何度でもオールライトと歌え』が、昨日、発売となりました。

この本を編集している間ずっと、幸せでした。

その理由は数え切れないくらいありますが、
ひとつは、編集をしている過程で、「この本は時代を牽引していく一冊に必ずやなる」。そう、強く実感できたことがあります。
こんな本は、めったに、本当にめったに、出会えるものではありません。

そういうと他のミシマ社本は違うの? と言う方もいるかもしれないので、念のため。
ミシマ社を設立以来、「一冊入魂」を掲げているとおり、文字通り、入魂作業を一冊ごとに実践しています。
それは、一冊の本に「生命」を宿すという行為だと、僕自身は捉えています。
つまり、生き物としての本をつくるということです。
ただし、生き物である以上、一つとして同じであるわけがありません。
同様に、一冊として、同じ本はない。
ですから、ミシマ社の本すべてが時代を牽引する必要はまったくなく、それぞれの「面白い」輝きを放ってさえすれば十分なのです。

今回の後藤さんの本は、同時代を生きる私たちが決して無視することができない言葉で綴られています。
たとえば、「変わらなければいけないのは、いつだって俺のほうだ」という言葉。
この言葉は、編集をしているこの数ヶ月、いったい何度、僕を救ったかわかりません。
また、「俺から言わせれば、日々の生活のなかで何を買うのかということも十分に政治的だ」という発言には、全身でコクリとうなづかずにはいられない。
それほどに、後藤さんの言葉は強い。
東日本大震災以降、「これから」を考えて考えて考え抜き、実践してきたからこその強さに、裏打ちされています。
等身大の思想を語る書き手が、同世代のなから誕生した!
その喜びを全身で感じずにはいられませんでした。

それにくわえて、軽妙なエッセイも抜群で、「お見事!」と膝を打ったり、思わず笑ったり、とにかく面白い。
この面白さと、オピニオンとしての強さを共存させる。
それが、今回の編集のポイントだったわけです。
もちろん簡単なミッションではありませんが、後藤さんの文章に耳を澄ますことで、見えてきたように思います。
その声に同化していけば、自然とこちらの編集技術を高めてくれた。そんな気がしています。

昨年だけにかぎっても、益田ミリさんの『そう書いてあった』やシリーズ「コーヒーと一冊」、ミシマ社初の雑誌『ちゃぶ台』などを経て、自身の編集技術が上がっていっている実感がありました。
そういう流れのなか、今回、さらに技術が高まり、そのすべてを出し切れた。
今の時点では、これ以上の本はつくれない。その域までいったような感覚がありました。

なにより、こういう仕事ができたのは、ご一緒させていただいた方々が、あまりに気持ちのいい、素敵な方々ばかりだったことにつきます。後藤さんは言うまでもなく、青山ゆみこさん、名久井直子さん、濱田英明さんといった方々とのやりとりは、無上の楽しさでした。

とにかく、この本と関わっていること自体が、とても幸せでした。

地震、政治状況・・・さまざまな困難がつづきますが、それだけに、この本を一人でも多くの方々に読んでいただきたいです。
何度でもオールライト、と歌いながら生きていくしかない。それが今を生きるということ・・。
ただし、たった一人でオールライトと歌うことはない。
すぐ近くで、「何度でもオールライトと歌え」と言ってくれる人がいることを、感じていただきたいです。
コメント
はじめまして。

SWITCHI五月号の中で後藤正文さんのインタビュー記事を目にしたとき、三島さんのおっしゃっていた事≪「この本は時代を牽引していく一冊に必ずやなる」。そう、強く実感できたことがあります。こんな本は、めったに、本当にめったに、出会えるものではありません。≫と全く同じ気持ちになりました。

そして「何度でもオールライトと歌え」を読んでみて改めて、後藤さんの言葉一つ一つに、とても情熱を感じました。こんなに私がこの本に惹きつけられてしまったのは、おそらく後藤さんという一人の作家の能力云々という次元ではなく、今の時代に一人の普通の人として生活している人が社会や政治に対して声を上げるという行為そのものに対する肯定感を感じたからだと思うのです。

もちろん後藤さん個人の文章の魅力は誰がみても素晴らしいと思います。一つ一つの言葉選びを後藤さん自身がとても丁寧にしているということ、伝えることに対する紳士さがにじみ出ている文章だと感じました。

最後に、私が興奮気味に描いたお葉書に対して、編集者さんからとても丁寧なお返事をいただきました。ありがとうございます。思わず涙があふれてしまいました。
  • by M.O
  • 2016/05/09 10:27 PM
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