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<< 森田真生さんと沖縄で!(2015年2月22日) | main | 自由が丘で出版社をするということ >>
拙著、御礼。
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    JUGEMテーマ:読書


    昨年9月に朝日新聞出版より発刊していただきました拙著
    『失われた感覚を求めて〜地方で出版社をするということ』。

    いまだに書評をしていただき、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

    「ケトル」(vol.22)では、寄藤文平さんがご紹介くださいました。

    kettle3

    「出版社をつくって何をするか」という問いに対する、
    三島さんの答えのひとつが「脱記号」だった。(略)
    この本は、その「脱記号」計画にまつわる物語である。
    そして、その計画が、いかに失敗したかが書かれている。(略)
    しかし、単なる失敗談ではない。ストーリーとしては「脱記号に失敗する」という話になっているが、
    そのような形で「脱記号」に成功するのである。(略)
    「脱記号」をうながしたのが、「反・脱記号」みたいな別の考え方ではなく、
    細々とした日常の問題だったというところに、僕はリアリティーを感じる。


    「三田文学」(2015冬季号)では、香山リカ先生が高評くださいました。

    mitabungaku

    本書を一読した私の頭に浮かんだのは、ビジネスとも出版とも無関係な何冊かの本のことだったのだ。
    たとえば、アメリカの生物学者D・G・ハスケルの『ミクロの森』(築地書館)。
    ハスケルは、テネシー州の原生林に通い、「曼荼羅」と名づけたわずか1屬療效呂乃きる
    自然の営みを一年間にわたってつぶさに観察し続ける。


    そして、その本の引用をしたあと、つづけて・・

    小さな「曼荼羅」が広大な宇宙とイコールであることを知り、
    同時にそれは自分の外でもあり内でもあることにこの生物学者は気づいたのだ。
    つまり、森林観察は科学者としての仕事であるはずだったのが、いつの間にか自己発見、自己回復とイコールであったということだ。


    そうして、この引用と拙著を結びつけて、こう述べてくださる。

    「起業する若者」の一代記のようなものとしても十分、面白く読めるし、著者はそういう読み方をも決して拒んでいないと思う。(略)ただ、何といっても圧倒的に興味深いのは、表題通り「失われた感覚」を回復させようとする著者の試行錯誤の過程なのである。
    さて結局、著者はその感覚回復を果たすことができたのだろうか。ここでは、二か所からの短い引用だけを記しておくので、あとは実際に本書で著者の、ときに驀進、ときに彷徨の旅をなぞりながらそきに到達する感動を味わってほしい。ひとつ目は「感覚が戻った」、もうひとつは「白くなる」。さあ、どうだろう。



    寄藤さんも香山先生も、私以上に本書を代弁くださったというほかありません。
    あらためて、本当にありがとうございました。
    「脱記号」も「感覚回復」も、おふた方の書評を拝見して、真の意味で果たされたような気がしております。
    この感謝の念はひたすら、読者の皆さんに喜んでいただける仕事をするという形で実現するしかありません。
    おふた方の言葉が生きたものでありつづけるためにも。
    もちろん、書評くださった方々のみならず、本書から何かを感じてくだった方々の思いを生きたものにするためにも。
    読者の方々のお声も含め、拙著はもはや「私のこと」でないことを痛感しています。










     
    | パブリシティ | 13:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
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