先日、産経新聞の方から「電子書籍についてひとこと書いてください」というご依頼をいただきました。
門外漢であることを断ったうえで、下記のようなことを述べました。
掲載文、ほぼそのままです!




「電子書籍と本の違い」

「大間のまぐろと同じ味を、好きなときに好きな場所で味わえます。たったひと粒、口に放り込むだけで、10貫分の栄養と味わいが。しかも値段は100円! お寿司サプリ――これでもう、高いお金を払ってお寿司を食べる必要がなくなります」…。
この広告、なんだかヘンじゃありませんか? たしかに理屈は間違ってない。世界中どこにいても24時間いつでも一級品の味を破格の値段で享受できる。それは疑う余地なく便利なこと。けれど何かがヘン。何が? と考えると、「そもそも」お寿司サプリとお寿司は別モノなのだ。「お寿司味」という同種ではあるが、用途も目的も味わい方もつくり方も全然違う。つまり、お寿司サプリを口に入れたところで、お寿司を食べたことにはならない。お寿司サプリを摂りこんだ、という以上でも以下でもない。にもかかわらず、冒頭の広告では別モノの二つを同列に論じている。そのために違和感を覚えたのだろう。後半の「これでもう」以下は不要だし、ここに入ること自体がおかしい。
だが、この「ヘン」なことは今現に盛んに叫ばれている。「電子書籍――これでもう、高いお金を払って本を読む必要がなくなります」こんなふうに。こういう記述を見るたびに、ヘンな違和感をおぼえてしまう。その理由は上記のとおりだ。電子書籍(お寿司サプリ)と本(お寿司)は「読み物」という点で同種ではあるが、味わい方もつくり方も違う、別モノと考えるほうが「しっくり」こないだろうか。
もちろん、本を編集し発刊することを生業としている身にとって、電子書籍が普及することにネガティブな要素は何もない。お寿司を食べたことのない人がサプリを通して「お寿司味」を知れば、本物のお寿司を味わいたいと思うようになるかもしれない。その意味でも歓迎すべきことにほかならない。ただし重要なことは、両者はそもそも別モノであって、共存関係にあるということだ。だから、電子書籍がどんなに普及したところで本はなくならないし、そもそも電子書籍も「本」がなければなりたたない。お寿司の味があって、初めてお寿司サプリが成立するように。
こんなことを言うと、「でも、音楽はCDがなくなってほとんど配信になったじゃない」という意見が返ってくるかもしれない。なるほど。たしかに音楽の世界ではiPodはじめ電子配信の音楽が業界の構造を塗り替えつつある。だが、音楽の例を本に当てはめるのはかなり無理があると思う。なぜなら、この二つは根本的に違うのだ。
音楽は「耳で聴く」もの、本は「目で読む」もの。だが、本には「目で読む」以外に、それに匹敵するくらい重要な行為が必要となる。それは何かといえば、「手で読む」という行為だ。実は私たちが本を読むとき、「目で」読む以外に、「手で」読んでいる割合がそうとう高い。たとえば、速読、資料収集、同じ本の再読…こういうとき、ページをぱらぱらとめくりながら「必要なこと」「思わぬ発見」「昔の記憶」などを手を通して体感している。もちろん、通常の読書においても、読み進むにつれページが薄くなっていく感覚を「手が」感じている。「ああ、もうすぐ終わりだ」「もっと読んでいたい」手で読んだこうしたメッセージを受け取りながら目でストーリーを追う。そう考えれば、「目で読む」だけで得ることのできる要素は実は半分くらいのものだろう。紙質を感じながらページをめくる、ページの位置を手で確認しつつ全体を俯瞰する…本を読むといったとき、こうした「手で読む」ことが、「目で読む」ことと最初からセットになっている。「耳で聴く」ことでほぼ完結する音楽と、決定的に違うところだ。
そう考えれば、本の出版社がこれからやることは自ずと決まってくるように思う。「(目と手で)読んで面白い」本をつくり、読者の方々にそれを届ける。それに尽きるのではないだろうか。2006年10月に創業したミシマ社ではその活動を「原点回帰」と位置づけ、とにかく一冊に「全身全霊」を傾けた出版活動に励んでいる。
本質的に面白い本をつくり、届ける。そこに、紙か電子かの違いはない。
(ミシマ社代表 三島邦弘)
『産経新聞』大阪版 2010年5月7日夕刊より
昨晩はGreen Drinksのイベントに参加させていただきました。
平日の夜にもかかわらず、140名もの方々が来てくださったそうです。
思いつくまま口にする、という「いつもの芸」ではありましたが、終了後、「おもしろかったです」と多くの方に声をかけていただきました。ありがたいことです。
お一人お一人もっとゆっくりとお話させていただきたかったのですが、あまりお話できない瞬間もあったりして、失礼いたしました。
また、違う機会でお会いすることがあると思います。そのときを楽しみにしています!
それにしても、あんなに多くの前向きな素敵な方々とお会いでき、本当に楽しかったです。
これも、イベント運営に尽力くださったツボネさんのおかげです。トークをご一緒した、スズキさん、カネマツさん、仕事百貨の中村さんにも大変お世話になりました。皆様、どうもありがとうございました。

最高でした!

とパワー充電した翌日の今日、悲しい報告がありました。

すごくお世話になっていた書店員のAさんがおやめになると聞きました。
ざんねん・・・。そんな殺生なと思いましたが、すでに決まったこと。新天地でのますますのご活躍をお祈りするばかりです。
先日は、編集者のTさんが、ある出版社を突然退社。その会社を背負う活躍をされていた方々がいなくなるというのは、同志を失ったような感じがして、やはりさびしい。
ちがう形でお仕事をご一緒させていただくことはあろうかと思うのですが。
ただ、自分たちの非力さゆえ、すぐに何かをご一緒できないことがもどかしく。わが器量の狭さに忸怩たる思いです。

形は変われど互いに励ましあい、それぞれに活躍していきたいものですね。
悲しい時間のあとには再び楽しい時間がめぐってくる。そう信じて。
今日のミシマガジンで「出版100年構想」というのを書きました。

先日、このブログで「しばし沈黙」と題して、更新を少しの間行いませんでした(その節はご心配いただき、失礼いたしました。誠にありがとうございました)。その間、いろんなことを考えました。
「出版100年構想」は、その時考え深めたことのひとつです。

以前から考えていた、未成熟なアイディアではありますが、この間に強い確信をもつことができました。
この方向に進むべき。
今は迷いがありません。

一歩ずつ、けれど、未来へつながる強い一歩。
いま、その一歩を踏み出すときが来ました。
本の出版社 雑誌の出版社」にコメントいただき、ありがとうございます。
この話題については、先日書いたとおりの思いです。

雑誌の出版社にとっては、いい出来事。

ので、ちょっと違う視点から簡単に述べるにとどめます。


コルシカにせよ、Googleにせよ、IT業界から出版関係のサービスが起きたとき、いつも違和感を覚えることがあります。
それは、出版界のあわてっぷり。

「ちょ、著作権違反だ!」
「出版活動が維持できなくなるではないか」

そういって、右往左往・・・。

だけど、右往左往する必要なんてまったくない。
なぜなら、本(もしくは雑誌)は出版社にしかつくれないのだから。

そう思います。

一度でも「本気」で取り組んだ人なら全員知っていることです。

まして何百、何千という本を生み出してきた出版人であれば、骨の髄にしみてわかっていることのはず。

だから、出版社は、自信をもって、本業に専念すればいい。
少しでも質の高い仕事をめざすことに集中すればいい。

その上で、いま出版社に求められることは、出版にかかわる裾野を広げることだろう。
出版のもつ面白さに触れる機会を少しでも広げ、出版人口(読み手・作り手をふくめ)が増えること。

そのためのアクションを出版社から起こすべきときだと思う。

繰り返しになりますが、
大切なことは本を読む人が増えること。
出版にかかわる人の数を増やすこと。
出版は面白い! と心底から思える人の数が増えること。
つまりは、そのために出版の裾野を広げる動きをとること。

こうした全体の流れにそった活動であることを、ミシマ社は心がけたいと思います。

今、出版社に求められることの本質をしっかり見据えて。
本と雑誌は、「根本的に」ちがう。

野球とサッカーが、ちがうスポーツであるのと同じくらい、本と雑誌はその本質が根本から違う。共通しているのは、プリント・メディア(野球とサッカーでいえばスポーツ)であるという一点だけ。
ぼくはそう思っています。

では何が違うのか、というと――。

本は、「残る」「読み継がれる」ところに本質がある。
それに対し、雑誌の本質は、「情報性」にある。

もちろん、その境界線はあいまいで、雑誌的な本、や本的な雑誌も数多くある。

けれど、根本は上の二点にあるのではと思います。

ですから、出版社は、「本の出版社」と「雑誌の出版社」の2つに分けることができる。これまで「出版社」といえば、雑誌か本のどちらか、あるいはそのどちらも発刊する会社を指していましたが。

ちなみに、ミシマ社は、「本の出版社」です。
これまで一度も、雑誌の出版社になろうと思ったことはありません。これからも、おそらくないでしょう。

いずれにせよ、雑誌の本質が「情報性」にあるのだとすれば、当然、ネットとの親和性は高くなる。

そういう意味でも、今回『謎の会社』エニグモが打ち出した新サービス「コルシカ」は、雑誌の出版社が生き残っていくための一助になる可能性を秘めている。

というのも、いま、雑誌は瀕死の状態にあります。

かつて100万部を誇った雑誌は数十万部に、10万部売れていた雑誌は一万部を切るようになっている。
「売れない、売れない」といわれている実態です。
(それに対し、本は昔からせいぜい「売れる」といっても、2、3万部で変化なし、です)
有名雑誌も、毎月、数百から数千(!)万もの赤字を出しているといわれます。このままでは、座して死を待つのみ。

読む人、買う人がいなければ、必然的に、その雑誌は消えていきます。

いま雑誌の出版社にとって必要なことは、一冊でも多くの雑誌が売れていくこと。それによって、質の高い雑誌がつくられ「つづける」こと、でしょう。

一度、廃刊して、断絶してしまえば、そこで培われた「技術」がそのまま失われてしまう。それを避けるためにも、売れる機会を増やすこと。雑誌が残ることで、「腕利き」が一人でも多く残り、そして新たに育っていくこと。こうしたことが肝要だと思います。

「売れる」機会が少しでも増えたという意味で、「コルシカ」の登場は、雑誌の出版社にとっては、グッド・ニュースだと思います。


いずれにせよ――。

とにかく、いい記事を読みたい。

このような読者のニーズに出版社側はどう応えるか。

そういう視点に立ち返って、これから訪れる数々の「激変」に対応していくべきだろう。本の出版社にいる私はそう考えています。
先日、H新聞の取材で記者の方からこんな質問を受けた。

「可能不可能を抜きに、この人にこの企画で書いて欲しい。
そういう究極の企画は何ですか?」

正直なところ答えに困った。
これまでそういうことを考えたことがなかった。
そもそも、そういう発想をしない。
質問をうけ、そのことに気づいた。

僕の場合、一冊一冊をいい本に仕上げたい、
それがほとんど全てだ。
企画はそのときそのときで、思いついたり、
話し合ったりして出てくるもの。
だから、そういう「流れ」を作っておくことのほうが
重要だと思っている。
企画がどんな角度からでも進んでいくための流れのようなものを。

明確な一つの目標が言えるのはかっこいいし、少し憧れるところもある。
ある一つの究極を追い求めて、それに打ち込む。
そういう強烈な動機は残念ながら、僕には見当たらない。

だけど、それは仕方がないし、開き直りではなく、それでいいと思っている。
一つの強烈な目標というのは
下手をすれば伸び伸びとした動きを縛る可能性をもっている。
それに対し、
ただひたすらいい仕事をする、
という姿勢だと、いろんな可能性が出てくる。
少なくとも可能性だけは広がる。

こう思っているのだけど、弱いですよねぇ。
こういう考えって。ほんと、インタビュー向きじゃない。
もっとガツーんと言えればいいんでしょうけど。
それも仕方のないことです。

やれることをやるだけ。
普段、考えていることを話すだけ。
それが今の精一杯です。

そんなこんなで、
修行不足を痛感する日々が続きます。

それでも優しく接してくれるインタビュアー、
そして周りでサポートしてくれる皆さんに、
心から感謝です。ありがとうございます。

大変長らくお待たせいたしました。

小田嶋隆先生の「コラム道」!

近日中にスタートします!!

乞うご期待ください。

すごいですから。
出版という仕事をはじめてから、
しょっちゅう耳にしてきた言葉があります。

「出版不況だからぁ」
「こういう状況だから、この業界は」

いくぶんため息まじりに、こうした言葉を吐くおじさんたちを
少なからず目にしてきました。
自分が出版社を立ち上げるときは、
毎日のように聞かされたものです。

「こんな時期に出版社なんて」
「斜陽産業だよ、どうみても」
「無茶な!」

こうした言葉の裏には、
「出版には未来がない」
という諦めに似た前提が混じっているようでした。
けれど、僕の中では、
新人のときも、会社を立ち上げるときも、現在も、
一貫して「そうなんですか?」という思いがあります。

というのも、そもそも、「出版不況」と言われる時代に、
「出版」といわれる仕事を携わった身にとっては、
最初から「こんなもの」なのです。
不況も好況もない。
はじめっから、出版という仕事は、
そんなに楽じゃないけれど、
やりがいのある楽しい仕事、なわけです。

「出版のいい時代」の恩恵を蒙ったことがないわけですから。
それが、どんなものだったか、
どれほどいいものなのか、はそもそも想像もつかないですし、
さして魅力的なことにも思えません。
もともと、こんなもんとしか思いようがない。

よくも悪くもない。
ただ、この仕事が好き。

出版を始めてから、
たしかにこの業界を嘆く人たちが存在するのを感じてきました。
けれど、それ以上に
感じてきたことがあります。

それは、
「この仕事が好き」
「本が好き」
っていう人の数のほうがずーっと多い、ということです。

だからこそ、やるべきことは、
今の現状をちょっとでも前に向けること。
それだけだと思います。

「未来は暗い」と嘆く人がいる一方で、
この仕事を、毎日少しずつでも、よくしていく。

その意思があるかぎり――

僕らの仕事に未来はある。

これは、「絶対」だと思います。
昨日は、サンマーク出版さんにお邪魔しました。

『生き方』『夢をかなえる勉強法』など、ベストセラーを
つぎつぎと出されてる出版社。

その「ヒットの秘密」はなに?

と、思いながらお話を聞いてみました。
お相手してくださったのは、
SさんとKさんという編集者さん。
おふたりと話していて感じたのが、
「とても自然体だなぁ」ということです。

余分なところに力が入ってない感じが、
とても素敵でした。

やってらっしゃることも、基本どおり。
本をつくって、適正な部数をすり、書店で売る。
ただ、そのひとつひとつのプロセスが丁寧なのだと思いました。
「タイトルづけ」「本づくり」「既刊書の営業」
こうしたことを大切にされてるように、感じました。

何事も、基本が大事。
ただし、基本が一番むずかしい。

そんな原点に気づかされる時間となりました。
ミシマ社も、基本に忠実に、
焦らずゆっくりと歩んでいきたいと思います。

Sさん、Kさん、ありがとうございました!

発刊数日前。
日々、東京を走り回っております。

・11月28日(火)

目黒で打ち合わせをしたあと、新宿へ。
紀伊国屋書店さん、ジュンク堂さん、
紀伊国屋新宿南店さん、三省堂さんを周り、ご挨拶。
ここでも、装丁デザイン、とても好評でした!

夜は、哲学者の先生のところへ。
編集者としての致命的欠点を指摘してもらう。
ただし、何か、は教えてもらえず。
「よく考えること」
はい、次回までの宿題とします。

・11月29日(水)

ミシマ社の第二弾本として進めている、
香山リカ先生のところへ。
いつも楽しい打ち合わせ。感謝感謝です。

鳥越さんが、月〜水ご出演の「スーパーモーニング」の
プロデューサーの方へご挨拶。
12月4日(月)、視聴者プレゼントいただけそうです。

取次店・大阪屋のKさんを訪ねる。
アマゾンでも、ブレイクしてくれるよう、
念入りにお願い。
よろしくお願いします!

読売新聞本社へ訪問。
デスクのUさんにご挨拶する。
出版社をやって初めてわかったことを簡単に話すと、
「『本当は知らなかった出版のこと』だね」
と、二人で大笑い。
たしかにこのテーマで、けっこう書けそうです。

そして、明日は、朝から4社+著者の方へご挨拶。

しばらく、東京中を歩く日々がつづきそうです。
足は棒ですが、ほんと毎日楽しいです!