新しい韓国の文学シリーズをご存じですか?
クオンという出版社から始めたシリーズで、まだ二冊の刊行ではありますが、どちらの本も素晴らしかったです。
正直なところ、韓国文学をぼくはこの二冊しか知りません。
ので、この二冊をもって、韓国文学を語ることは当然できないのですが、このシリーズを読むかぎり、かなり韓国文学は面白い。
第1弾の『菜食主義者』(ハン・ガン著)は、「ザ・文学」のハンを押すにふさわしい本でした。(この本についてはあらためて。とにかく、完成度の高い小説です)
第2弾は、キム・ジュンヒョクさんという1971年生まれの男性が書いた『楽器たちの図書館』。『菜食主義者』のような背筋がぞぞっとなる世界を描いてるわけではないものの、ポップなのに静謐、軽快でいて深い、そんな8つの短編で成り立ってます。
すべての短編に通底するテーマは、「音」あるいは「芸術」。
そして、そうしたものに対する作者の姿勢は一貫しています。
あらゆるものは最初からある。
人間がつくりだしているわけではない。
もちろん、これはぼくの解釈です。
ただ、全編をとおして、原作者、音そのもの、息づかい、響き、こうした原点的なるものへの絶対的な敬意に溢れています。
それは、本書に収録されている最初の短編「自動ピアノ」に出てくる、ある無名な老ピアニストのことばからも明らかだと思います。
「音楽は生じるものではなく、消滅するものです。音楽はどこにでも存在します。どこからはじまって、どこに消えるかがわからないだけです。いま、この場のどこかにも音楽があります。ですから、ピアニストは音を創りだしてはいけません。この世界にある音を自分の体で消滅させるのが、ピアニストの役目なのです。だから私は、遠くてはるかな音たちが好きなのです」(p15)
このことばに出会った瞬間、ぼくは本書の虜になりました。
「この世界にある音を自分の体で消滅させる」って!?
音を生み出したり、つくったりするのではなく、消滅させる。
それがピアニストの仕事・・・。
これを聞いてどう感じられたでしょうか?
違うよ。と思われた方もいらっしゃるかもしれません。
違う、音を生み出しているのは、ほかならぬ人間だ。と。
けど、ぼくはその老ピアニストの発言を、
そ、そうか!たしかにその通りかもしれない・・・。
と思って聞きました。
というのも、ぼくレベルで言うのは畏れ多いかぎりですが、感覚的に出版においても似たようなことが言えると感じているからです。
たとえば、ぼくは編集者という仕事をしていて、作家の方とともに、本をつくるという仕事をしています。と申し上げることがこれまで何度もありました。
が、ときどき、この表現に対して疑問をもっている自分もいました。
「本をつくるっていってるけど、本当にぼくたちは『つくって』いるのだろうか?」
たしかに、いい企画を思いついたり、いい構成案ができたり、いいコピーを書けたり、いいデザインに仕上がったりしたとき、「つくって」いるような気になります。
(どうよ、こんな面白いものになった!思ってもなかったような面白いものになったなぁ)
こうした感慨とともに、「創作」の一部にかかわれたような気分が起こりがちです。
が、実際には、「思ってもなかった」と言っているとおりで、なにもゼロから生み出したわけではなく、「見つけた」だけなのです。
ですから、「すでに存在する、流れているものをつかむ。それだけだ」
そんなふうに常々思ってきました。
ところが、この本を読んでこれまでの自分の解釈や思考が、グググンと何段階か引き上げられるような感触を受けました。
「生む」わけでも「つくる」わけでも、「つかむ」でも「見つける」のでもない。
自分の体で「消滅させる」。
・・・・・
残念ながら今の自分には、まだこの意味を深いところで感知しきれません。
なんとなく、たぶんそうなのだろうな、と感じる程度です。
きっと、体を透明に、自分を無に、そして遠いところの音を感知できる触媒になっていくことなんだろうな、と思ってます。
そういう人になっていきたいです。
実際、本書の最後に収められた「拍子っぱずれのD」では、音痴たちの合唱が見事な和音に変わる描写があります。その変化はどのようにしておきたか?
というと、「完全な暗闇」で「無伴奏」の状態で聞くことによって可能になります。
「音痴たちの歌は、真っ暗な部屋で電気のスイッチを探す左手のように、たどたどしく、どこかに沈んでいった」(「拍子っぱずれのD」より)。
最後に、作者の芸術に対する姿勢がにじみ出ていることばを本書から引用します。
(DJをめざす若者に対してのある男の発言)「音楽を知っていて何になる。音楽を感じることもせずに、音楽を切りきざんで利用することばかり考えやがって。(略)アーティストたちの息づかいを感じてみろというんだ」(「ビニール狂時代」より)
「僕は楽器だけでなく、まわりで聞こえるあらゆる音を録音しはじめた。客たちの靴音、咳、店の天井に住んでいるネズミの鳴き声、木のテーブルを叩くときに出る音、エレベーターのドアが閉まる音、洗濯機がまわる音、お湯が沸く音など、僕に聞こえる録音可能な音は、聞こえさえすれば必ず録音ボタンを押した。(略)僕は息をするように録音していただけだった。(「楽器たちの図書館」より)
「ずっとギターを弾いていると、ギターの音を体に録音しているような気がすることがあるんです。音を放出するんじゃなくて、指先にためこむような。指のギターだこに音楽をためこむんですよ」(「僕とB」より)